佐伯啓思の異論のススメ・スペシャル
この9月1日は関東大震災から100年であった。この日、私はちょうど岩手県の三陸海岸のある小さな町にいた。津波にのみ込まれ一瞬で消失した町だった。あれから12年半がたつ。防潮堤ができ、広い道路が整備され、きれいな宅地も広がっている。だが残念なことにそこに住んでいる人はほとんどいない。だだっ広い空間の中に道の駅だけがたたずんでいる。
その場所だけみれば、新興住宅地の計画が始動しているのかと思ってしまいそうだ。しかし、12年前のあの悲劇を思えば、いささか複雑な心境になる。復興とは何なのかと思ってしまう。
私のように関西在住の者は、人々が戻り、町が少しずつ昔の様子を取り戻すことが復興だとつい気楽に考えてしまう。だが、すべてを失った当事者からすれば、何が復興なのであろうか。復興はむろん復古ではない。この場所を捨ててやり直すという決断もあるだろう。正解など何もないのだろう。
いうまでもなく、日本は世界でもまれな地震大国である。今後、南海、東海、それに首都圏で大地が鳴動する可能性はきわめて高い。とりわけ首都圏大地震が襲いかかれば、想像を絶する事態になる。しかし、30年以内の首都圏大地震の確率70%などといいながら、政府の対策も形だけのものにしかみえず、われわれも、巨大地震の接近をできるだけ頭から追い払おうとしている。
確かに、行政的にも個人的にもやれる対策はしれており、みもふたもない言い方をすれば、「きたらきたで仕方ないではないか」ということになるのであろう。首都機能の移転、人口過密地区の人口分散、ビルの建て替え、巨大な防潮堤の建設など、本気でやるべきことはいくらでもあるが、それだけの財政的余裕もなく、法的整備も困難だとなれば、それぞれが、自分で身を守る方策を考えておくほかない。確かに、「きたら仕方ない」という割り切りも、それこそ仕方ないのかとも思う。
この「シカタナイ」が、ある覚悟を伴ったあきらめなのか、それとも単なる思考停止の口実なのかとなると、実はよくわからない。
そこでどうせ「シカタナイ」…
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Source : 社会 – 朝日新聞デジタル